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ラベンダーのような優雅な香りとライムや青リンゴのような爽やかで透明感のある酸味。誰もが心惹かれる、そんなコーヒーです。
ラベンダー、ライム、グリーンアップル
lavender, lime, green apple
原産: Ethiopia / Guatemala / Nicaragua / Indonesia
Aroma:
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Acidity:
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Bitterness:
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Body:
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小暑。
梅雨も明け、空の青も色濃く。
クマゼミが鳴き、日差しが照りつける京都某所。
ダンディが営むカフェは今日も多くの客で賑わっていた。
ダンディのカフェには、近くに住んでいる常連客から旅人までもが、彼が淹れるコーヒー目当てであったり、ダンディ持ち前の愛想の良さに惹かれて来店する。
朝のピークもすぎ、ダンディも一息つこうと自分用のコーヒーを淹れていたところに、来客を知らせるためにお店の入り口に付けていたドアベルが鳴る。
それと同時に、もう一つ、軽やかでとても綺麗な、ドアベルとはまた別の聴きなれない鈴の音がその先から聴こえてきた。
ダンディは抽出中のドリッパーから少し視線を外し、鈴の音が聴こえてきた方に目を遣った。
華奢で白いワンピースを身に纏った、透き通りそうな肌と大きな麦わら帽子を被った彼女はそこに立っていた。
ダンディはその美しい立ち姿に思わず凝視してしまう。
彼女は不思議そうにダンディを見返すが、すぐに「営業中でしたか?」と尋ねる。
ダンディは慌てて彼女を席に通し、美しさのあまりに少しぎこちなくとも、メニューとお冷をテーブルに置いた。
彼女が席に座ると、店内のコーヒーの香りに混じって、微かにコロンの華やかな香りがした。
彼女はホットコーヒーを注文すると、ダンディはふと我に帰り、いつも通りの口調で「かしこまりました」と告げる。
ダンディは慣れた手つきでコーヒーを抽出し始める。
「お待たせいたしました。ダンディブレンドです。」
彼女は柔らかく微笑み、会釈をしたあと、カップを手に取った。
カップがソーサーに優しく置かれる音。
カフェの前を通る原付の音、近くの小学校の校庭から聞こえてくる子供たちの声、そして京都に夏の知らせをもたらすクマゼミの声がしていた。
「また来ますね」
コーヒーを飲み終えてカフェを出る前、彼女はダンディの方へ体を向け、微笑み、会釈をした。
店内にはコーヒーの香りと、コロンの香り。
そして、彼女が身につけていた鈴の音の余韻がしていた。
その日から朝のピークを過ぎた決まった時間に、それも決まって、店のドアから二つの音が聴こえてくるようになった。
彼女が毎日カフェへ通うようになってからは、ダンディはピークが過ぎた朝のこの時間が待ち遠しくなっていた。
しっかりもので、物腰柔らかく、華やかな彼女にダンディは言うまでもなく惹かれていた。
ある日、ダンディは今更ながらな質問を彼女にする。
「コーヒーお好きなんですか?」
「本当は私、コーヒーあまり好きじゃないんです。苦いのが苦手で...」
……......
その日の夜。
店を閉め、ダンディは店のカウンター席に座って物思いにふけていた。
彼女があの時口にした言葉。
それにも関わらず、店に来てくれる理由。
悩みに悩んだ挙句、ダンディが出した答え。
彼女が心の底から美味しいといってくれる様なブレンドを作ろう。
その日からダンディは店の営業を終えると、ブレンド開発に明け暮れた。
まるで彼女の様にやわらかく、華やかで、そして今では聴き慣れたあの鈴の音のように軽やかな。
ブレンドが完成した頃。
その日、ダンディのカフェがある街に雪が降った。
朝のピークをこなし、いつも通りの日々を送るダンディ。
ただ、その日から、いつもの時間に、
あの鈴の音が聴こえてくることはなかった。
遠い遠い噂話によると、どうやら彼女は遠い場所へ旅立ってしまったらしい。
何故だかその時に、この噂話がダンディの元へ届くことはなかった。
ダンディの元にこの話が届くのはあと何回目の夏を迎えた頃だろうか。
ただ数年、数十年、その先でも、ダンディの心の底に、このブレンドのレシピはそっと眠っている。
いつか彼女に飲んでもらえる日がくるまで。
そしてあの夏の日々までもが遠くへ行ってしまわないように。